死───それは、こんなにも容易く訪れるものなのだろうか。
生きていく中で、いつも突然に襲ってくるものが幾つかある。
その内の一つが……死。
自分が死ぬのなら、まだいい。
そこで終われるのだから。
だけど、それが他人の───それも大切な人の死であったなら───。
コトリ。
テーブルの上に、静かにコーヒーの注がれたカップが置かれる。
「……サンキュ」
「いえ……」
再び沈黙が空気を更に重苦しく変えていく。
「……三蔵、どうしてんだ……?」
悟浄は、コーヒーを置いてポツリと尋ねる。
「今は部屋で休んでいる……と、思います」
「そうか……」
休んでいてくれているなら、いい。
あれからずっと、三蔵は眠っていない。
悟空の死───。
まさか、そんな事が起きるなんて、誰も思っていなかった。
あれだけの強さを誇る悟空が、死ぬなんていう事が……。
いっそ、最期の瞬間を見ていなければ。
きっと信じていられたのに。
扉を開けて「腹減ったー!」なんて言いながら飛び込んでくる姿を、待っていられるのに。
悟浄は椅子を引いて立ち上がる。
「悟浄?」
「様子……見てくるわ」
「……ええ。お願いします」
そう言った八戒の顔にも、疲労と悲しみの色が滲み出ていた。
コンコン。
「……三蔵。入るぜ」
眠っているかもしれないので、ノックも声も小さめにかける。
部屋の中に入ると、三蔵はベッドに腰掛けてマルボロを吸っていた。
その瞳がひどく虚ろに見えて、今にも消えてしまいそうだった。
「起きてたのかよ。……いい加減寝ねえと倒れちまうぞ」
そう言って三蔵に近付いていく。
だが、次の瞬間聞いた言葉は、悟浄の思考を止めてしまった。
「うるせえよ、バカ猿」
今のは、悟浄の聞き違いなのだろうか。
そう思わずにはいられなかった。
「三蔵……、お前、今、なんて……?」
「あ? 耳まで悪くなったのか、猿」
悟浄は、心臓に冷水をかけられたかのような感覚に襲われた。
自分でも身体が震えているのが分かる。
今、三蔵は「バカ猿」と言った。…………悟浄に向かって。
思考がまとまらない。今の自分の状態すら、上手く認識できない。
悟浄が身動きすら出来ないでいると、ノックの音ともに八戒の声が聞こえた。
「三蔵、悟浄、入ってもいいですか?」
「……あ、ああ……」
悟浄はやっとの事で声を絞り出し、ドアを開けた。
「三蔵、起きてたんですね……。少しは眠らないと身体に毒ですよ」
八戒が話し掛けても、三蔵は反応を示さない。
「……? 三蔵……?」
もう一度呼び掛けても同じだった。
「……悟浄。三蔵……どうしちゃったんですか……?」
「それが、よ、……俺にもよく……」
悟浄の言葉を遮る形で、三蔵が発した言葉は、再び空気を凍りつかせた。
「おい、誰と喋ってんだ」
「だ、誰って……八戒に決まってんじゃねえか」
自分でも信じられないくらいの弱々しい声で、悟浄は答える。
ここで、肯定の言葉が返ってくる事に、一縷の希望を託しながら。
しかし。
「……八戒? 誰だ、それは」
信じたくなかった。
三蔵が今言った言葉を。
「誰だ」だなんて。
今更、説明できるはずもない。いや、したくない。
「……三蔵、冗談なんてらしくねえぞ……。じゃあ、今ここに居るのは誰だってんだよ……」
八戒の腕を掴みながら、悟浄は三蔵に問い掛ける。
「ここ……? 誰もいねえじゃねえか」
……決定的な一言。
悟浄も八戒も、その場に立ち尽くすしか出来なかった。