触れ合う心



 ─ 2 ─



再び口付けられ、そのまま唇が首筋へと下がっていく。
軽く吸われ、舌が這うたびに、ピクリと身体が反応を示す。
強く吸わないのは、おそらく痕を残さないようにという配慮なのだろう。

その間に、リンナの指先がベルカの夜着のボタンをひとつひとつ外していく。
夜着がはだけ、露になった肌に外気がひんやりと感じる。
だが、それの束の間のことで、リンナの掌が熱をもってベルカの肌を温めていく。
胸の上を滑る大きな掌の感触に、ベルカの身体が震える。

その指が胸の突起にかかると、一瞬身体が跳ねた。
リンナの右手の指先が胸の突起を捏ね、いつの間にか下りていた舌がもう片方の突起に触れる。
ピチャリと音を立てて、舐め上げられる。
両方を同時に弄られて、思わず声が漏れてしまう。
無意識に両手をリンナの髪に絡め、熱い息を吐く。

胸への執拗な愛撫に、呼吸が熱く荒くなっていく。
「おまえ……、見かけに…………よら、ず、ねちっこい……っんだな……」
そう言ってやると、蠢いていた指先と舌が動きを止め、リンナが顔を上げる。
「は……その、申し訳ありません……」
「謝ること、ねーよ……。すっげー……気持ち、いいし……」
そう言いながらリンナに向かって笑うと、リンナも頬を赤く染めた後に嬉しそうに笑う。

再開された愛撫に、ベルカの意識が肌の感触だけに集中する。
肌を滑っていく唇と手が、ベルカの感覚を鋭敏にしていく。

リンナの手が下衣にかかったところで、ビクリと身体を震わせる。
覚悟はしていたが、やはり本能的な恐怖はどうしようもない。
そんなベルカの内心を読み取ったのか、リンナが手を止めてベルカを見つめる。
「殿下……」
「いいから……続けてくれよ……」
ここで止めてしまったら、絶対に後悔する。

リンナは小さく返事をすると、ベルカの下着をくつろげてその性器に触れる。
「んっ……」
既に勃ち上がりかけているそれに様子を見るようにゆるゆるとした刺激が与えられ、もどかしさにベルカの腰が揺れる。
大人の男らしい少しゴツゴツとした手に擦り上げられる感覚が、自慰のときとはまったく違う快感をベルカに与えていく。
先端からは既に透明な液体が零れリンナの手を汚しているが、そんなことを理解する余裕はなかった。
熱い吐息が漏れ、何も考えられなくなる。

不意に、性器が温い熱に包まれ、ベルカは咄嗟に視線を向ける。
目に映ったのは、ベルカのモノを口に含むリンナの姿。
咥えられている恥ずかしさに頬が染まると同時に、その淫靡な光景に小さく喉が鳴る。
あの、いつも真面目で性欲などまるで感じさせたことのないリンナが、熱い息を吐きながらベルカの性器を咥えている。
「あっ……!」
不意に裏筋を舌先でなぞられ、ベルカは身体をのけぞらせた。
舌で舐め上げられ、添えられた指先が陰茎を辿る。

淫猥な水音を立てながら、リンナは奉仕を続ける。
性器に絡まるザラリとした舌の感触が未知の快感を生み、生理的な涙が目尻に浮かぶ。
ベルカの両手はシーツをギュッと掴み、身体を駆け上がる快楽に必死に耐える。
気持ち良すぎて、どうにかなってしまいそうだ。
自分でしているときとは、比べ物にならない。

「なぁっ……も、いいから……焦らす、なよっ……」
これ以上続けられたら、おかしくなってしまいそうだ。
そのベルカの声を受けて、リンナはその動きを速める。
手で擦り上げ、舌を絡め、ベルカを追い上げていく。

「ダメ、だっ……もう……!」
限界が近いことを、リンナに知らせる。
咥えられた性器を強く吸われ、ベルカは身体をのけぞらせると白濁した液体を吐き出した。



絶頂を迎えた身体は言うことを聞かず、ベルカはただ荒い息を整えることも出来ずに四肢をベッドに投げ出していた。
ゴクリと喉を鳴らす音を聞いて視線をやると、リンナが口元の白い液体を拭っていた。
「お、おまえ……飲んだのか!?
「はい」
こともなげに答えるリンナに、一瞬眩暈がする。
「……ご不快でしたか?」
心配そうに尋ねてくるリンナに、ベルカは首を振る。
「そうじゃねーよ、ちょっと……ビックリしただけだ。美味いもんじゃねーだろ、こんなの」
……本当は、単に恥ずかしかっただけなのだが。

いや、そんなことよりも。
いわゆる『本番』は、これからだ。
これから自分がされることを考えると少し怖いが、リンナならきっと上手くやってくれる。
別に痛くても構わない。リンナと繋がれるなら。

そんな風に心の準備をしていたら、ギッとベッドを揺らしてリンナが動く気配がした。
いよいよかと、ベルカは無意識に身体を固くしてしまう。

だが、そんなベルカの覚悟とは裏腹に、リンナはハンカチでベルカの性器を清め、着衣を整えだした。
慌てて上体を起こし、リンナの手を止める。
「ちょっと待てよ、何やってんだおまえ」
リンナの手を掴んでそう言うと、リンナは一旦退き姿勢を正した。
「殿下……今夜は、ここまでに致しましょう」
「え……何、言ってんだ……?」
急に何を言い出すのかという思いで、ベルカはリンナを見つめる。

「だってまだ俺がイッただけで……おまえは全然……」
「……これ以上は、殿下のお身体にかかるご負担が大きすぎます」
「いいよ、そんなの! んなもん気にしなくていいからヤれよ!」
ベルカは身体を乗り出し、両手でリンナの夜着を掴む。
「そういうわけには参りません」
小さく首を振り、リンナはそっとベルカの手に自らの手を重ねる。

「ここまでは、ご自分でなさるのと大差はありません。気持ち良いだけで終われます。
 ですが……これ以上の行為となると、それだけでは済みません」
そんなことは知っている。
それでもいいと思ったから、ベルカはここに来たのに。
「殿下のお心はもう既にご立派に成長しておられます。ですが、お身体はまだ未成熟なままです」
重ねられたリンナの手に、ほんの少し力が篭る。
「せめて20歳ほどにもならなければ……まだ完成していないお身体を無理に開けば、殿下に深い傷がつきます」
「傷くらい……そんな傷くらい、つけるのがおまえだったらいいから!」
「殿下……どうか、ご自分を大切になさってください」
リンナがベルカの身体を心配しているのは分かる。
だけど、それではベルカの気持ちが置き去りだ。

「なら……おまえはそれまで待つってのかよ!?
「……はい。そのつもりです」
待つ? あと何年も?
何年も触れなくても平気なくらいの価値しか、自分にはないのだろうか?

「身体に負担がっていうんなら、俺がおまえを抱くんだったらいいのかよ?」
半ばヤケのような気分で、そう尋ねてみる。
「殿下がお望みでしたら……私は構いません」
リンナの答えに、ベルカは拳をギュッと握り締める。
「そうじゃ……ねえだろ……!」
何故だか無性に悔しくなって、ベルカは唇を噛む。

「殿下……」
「……もういい!」
手元にあった枕を思い切りリンナに投げつけると、ベルカはベッドを降りる。
リンナが更に呼ぶ声を無視して、駆け足で部屋を出て行った。





自室に戻り、寝室に直行してベッドにうつ伏せに身を投げ出す。
「せっかく人が勇気出して行ったのに、何なんだよあの馬鹿野郎!」
拳でベッドを叩き、ベルカは叫ぶ。

「ちくしょう……」
呟いて、シーツをギュッと掴む。
口付けられていたときの幸せな気分は、どこかに吹き飛んでしまった。
今は、あのときとはまったく違う意味で胸が苦しい。
それぞれの心の中の温度差を突きつけられた気がして、シーツを握り締める手に力が篭る。

ベルカの身体に負担がかかるから。
本人が良いと言っているというのに、それだけの理由で何故あんなに頑なに拒否するのか。
本当にベルカを求め、欲しいと思っているなら、何年も触れずになんていられるわけがない。
好きだから、触れたい。愛し合いたい。
そう思うのは、当然のことだろう。

『殿下がお望みなら』
そんな言葉を聞きたかったわけじゃない。
ベルカが求めるから受け入れるのではなく、リンナにベルカを求めてほしかった。
あるいはベルカが命じれば、リンナはベルカを抱くかもしれない。
けれど、そんなものには何の意味もない。
ベルカがリンナを欲しいと思うように、リンナもベルカを欲しいと思っていることを感じたかった。

本当は…………本当は、最初にこの部屋で考えたように、リンナはベルカを抱きたいなんて思っていなかったのもしれない。
ベルカは男で、女の身体のように柔らかいわけでも肌が滑らかなわけでもない。
男の身体なんて、男にとって触り心地がいいはずもない。
愛撫していても、きっと楽しくなんてないだろう。
それでもそれを続けたのは、ベルカから迫っていったから。

ベルカを好きだと言ったリンナの気持ちは、疑ってなどいない。
リンナは本当にベルカを好きでいてくれている。
けれど、リンナはベルカに対して身体の関係は求めてはいなかったということなのだろう。

「バカみてえじゃねえか……」
こんな夜中に忍んでいって、挙句に拒否されて。

リンナは、こんな自分をどう思っただろうか。
寝室に忍び込んで強引に上に乗るなんて、呆れてしまっただろうか。
女じゃないのだからはしたないという表現は違うかもしれないが、それに近い風には思われたかもしれない。

これから、どうすればいいのだろう。
明日から、一体どんな顔でリンナに会えばいいのか。
今の状態で何もなかったように振舞えるほど、ベルカは冷静にはなれない。

「リンナ……」
名を呼ぶと、先程の口付けと愛撫の感覚が蘇ってくる。
こんなときですらリンナを求める自分の浅ましさに、自嘲めいた笑いが漏れる。
「はっ……何考えてんだ、俺……」
リンナがベルカに触れてくることなど、もうないのに。

ベルカは上掛けを掴むと、頭まですっぽりと覆うように包まる。
眠気などまったくないが、ギュッと目を閉じて眠ろうと試みる。
目が覚めたら今夜の出来事などすべて消えてしまっていたらいいのにと……願いながら。






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とりあえず、リンナを枕で殴り倒したいと思った方は遠慮なくどうぞ。



2011年2月13日 UP




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