王子と姫君



 ─ 第四話 ─



「何で……ここに……」
ベルカは目の前の光景が信じられなくて、呆然とその姿を見つめる。
いや、それを言うならば、リンナの方が信じられないという気持ちは大きいだろう。
何しろ、マリーベルの他に同じ顔をした少年が一緒にいるのだ。

チャリ、と耳元で鳴ったプリムシードに、ハッと我に返る。
閉店後で誰も入ってこないと油断していた。
慌てて手で隠そうとするが、もう遅かった。

「その、プリムシードは……まさか……ベルカ王子、殿下……!?
リンナは一度全身を震わせた後、すぐさまその場に跪く。
「し、失礼致しました! このようなところにいらっしゃるとは思いもせず……」
動揺はそのままに、リンナはベルカに礼を取る。

自分に対して跪くリンナを、ベルカは諦めにも似た表情で見下ろした。
ベルカを見て「やあ」と嬉しそうに笑いかけてくれたリンナは、もういない。
手を取って、並んで歩いたあの日は……もう二度とやってこない。
いつか来ると分かっていたはずなのに、何故今、こんな気持ちになるのだろう。

こうなった以上、隠し通すことは出来ない。
今までのことを全て、話すしかない。
全て話して……終わりにしてしまうしかなかった。



リンナにも向かい合う形で椅子に座らせ、マリーベルと2人でリンナにこれまでの経緯を話す。
ベルカとマリーベルが双子の姉弟だということ。
時折ベルカが変装して街に下りてきていたこと。
そして…………マリーベルに変装していたときに、リンナに出会ったこと。

リンナは、一言も発さないまま話を聞いていた。
あるいは、ショックが大きくて何も言えなかったのかもしれない。

一通り説明を終え、場に沈黙が落ちる。
誰も口を開かないまま、時計の針が時を刻む音だけが店内に満ちる。

そんな風にして、どのくらいの時間が経っただろうか。
耐え切れなくなり、ベルカは椅子から立ち上がった。
「ベルカ?」
「俺……もう城に帰るよ」
マリーベルが隣から見上げてくる視線には目を合わせないまま、ベルカは呟く。
そうして少し躊躇った後、リンナに向き直る。
「……ずっと騙してて、悪かった。もうマリーベルのフリなんてしねえから……許してくれ」
「殿下! 私のような者に謝罪など……!」
「ごめん。俺が言うのも何だけど、マリーベルは良いヤツだから。これからも付き合いを続けてやってくれよ」
それだけ言って、ベルカは逃げるように奥へ向かい、そのまま裏口から飛び出した。

帽子でプリムシードを隠し、ベルカは裏道を駆けていく。
もう、これで終わりだ。
街へ下りればまたリンナと会う機会もあるかもしれないが……ただ、それだけだ。
今後はリンナはベルカに対して、「王子殿下」に対する礼節を崩さないだろう。
マリーベルの姿で会った時のように、照れたような笑顔を見せてくれることは、二度とない。

少しずつ速度を緩め、ゆっくりとした歩みになる。
リンナとマリーベルは、上手くいくだろうか。
きっと、上手くいくだろう。
2人は、互いに互いのことを好いているのだから。

最初にリンナに出会ったのは、ベルカだ。
けれど、リンナが見ていたのは、好きになったのは……ベルカが演じた『マリーベル』。
同じ顔の男と女がそこにいれば、女を選ぶのは当然のことだ。
どんなに望んでも、男であるベルカをリンナが見つめることはない。

この胸の痛みは、ずっとリンナを騙し続けていた罰だ。
最初に出会ったあのときからベルカの姿だったならば。
あるいは、二度目に会いに行く時にベルカの姿で会いに行っていたならば。
こんな思いはせずに済んだのだろうか。





ベルカが去った店の中で、リンナは立ち尽くしていた。
追いかけようと立ち上がり、しかし追いかけることは出来なかった。
ベルカを追いかけて、一体何を言えばいいのか。
どんな言葉を告げればいいのか、分からなかったからだ。

「……衛士さま」
マリーベルの声に、ハッと我に返る。
「あ、ああ、済まない、マリーベル」
と、そこまで言ってから、ふと気付く。
「ベルカ殿下と双子ということは、君も……いや、あなたも……!」
慌てて礼を取ろうとするのを、マリーベルが制した。
「私は、既に王女の身分を捨てています。今の私はただの平民です。どうか、これまで通りでいてください」
困ったように微笑むマリーベルに、一瞬リンナは対応に迷う。
しかし、これでなお王女として接すればマリーベルを困らせてしまうだけだろう。
「分かったよ……マリーベル」
「ありがとう」
ホッと息をついたマリーベルを見て、リンナも少し落ち着いた気がした。

「衛士さま、これを一度、あなたにお返しします」
そう言って渡されたのは、マリーベルへ贈ったブレスレットだった。
「マリーベル、これは……」
戸惑っているリンナに、マリーベルは半ば強引にその手に握らせた。

「ベルカの気持ち……気付いていらっしゃいますか。それに、私の気持ちも」
真っ直ぐな瞳に射られ、リンナは息を呑む。
「ベルカは、決して軽い気持ちであなたに会っていたわけではないんです。
 きっとベルカ自身、気付いていなかったかもしれませんけど……ベルカは、あなたが好きなんです」
告げられた言葉に、一瞬呼吸が止まる。
「そして……私も、あなたが好きです」
「マリーベル……」
「私もベルカも、もう自分ではどうしようもないんです……」
泣き出しそうな微笑みで、マリーベルはリンナに想いを訴える。

「だから、そのブレスレットをあなたにお返しします」
リンナは手の中のブレスレットを見つめる。
「あなたは『誰』のことが好きなのか。
 いつか答えが出たら、あなたが『本当に贈りたい人』に、それを渡してください……」
お願いします、とマリーベルは小さく頭を下げた。



店を出て、リンナは再びブレスレットを見つめる。
マリーベルに似合うと思って、プレゼントしたブレスレット。

『本当に贈りたい人』

最初に出会った『マリーベル』は、ベルカ。
一目惚れに近い形ではあったが、あの日に見た笑顔は確かにベルカのものだった。
時折マリーベルに違和感を覚えることがあったのは、そのときこそが本物のマリーベルだったからだろう。

長く揺れる黒髪。光に満ちていた黒い瞳。楽しそうな笑顔。暖かかった手。
嘘と真実が入り混じり、リンナの心を乱す。
ベルカが演じていた、『マリーベル』。
本当の少女である、『マリーベル』。
自分は、一体どちらを見ていた?
どちらの『マリーベル』に、自分はこれほどに惹かれたのか。





────俺が好きなのは、『誰』だ?





自分に問うその答えは、このブレスレットに篭めなければならない。
どんな答えを出しても、ベルカとマリーベルを傷つけてしまうことになる。
それでも、こんな自分などを好きになってくれたその気持ちに返せるのは、リンナ自身の『真実』だけだ。

リンナはブレスレットをキツく握り締め、ゆっくりと瞳を閉じた。






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罪な男だな、リンナ……。



2011年6月12日 UP




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