「八戒〜! 部屋の掃除終わった! メシは!?」
食堂に駆け込むと、丁度八戒がテーブルに料理を並べているところだった。
「お疲れ様です、悟空。たった今、出来たところですよ」
「美味そ〜! 早くメシにしようぜ!」
「そうですね。ああ、悟浄も戻ってきたようですね」
「おう。ったく、何でこの俺が風呂掃除なんざ……」
「はは、ご苦労様です。……あとは、三蔵だけですね」
「んだぁ? まだどっかでサボってやがんのか!?」
食堂の椅子に座りながら、悟浄は煙草に火を点ける。
「もう戻ってくるでしょうし、もう少しだけ待ちましょう。いいですか、悟空?」
「うん。三蔵抜きで食べてもつまんないし」
「おーおー。飼い主が戻るまで待つってか? 小猿ちゃんってばきっちり躾られてんじゃん」
「猿って言うな!」
「まあまあ2人とも。ただでさえ埃っぽいんですから、暴れないで下さいね?」
「「は〜い……」」
ケンカを止められ、悟空は目の前の料理を見ながら、それでも我慢強く三蔵が戻ってくるのを待っていた。
あれからしばらくの時間が経過したが、三蔵が戻ってくる気配はない。
悟空達3人にも、さすがに不安が襲ってきた。
「……少し遅すぎますね」
「もしかして、三蔵に何かあったんじゃ……!」
立ち上がって飛び出しかける悟空の襟首を、悟浄が引っ掴む。
「落ち着け、バカ猿。まだそうと決まったわけじゃねえだろ」
「そうですよ。……とりあえず、探しに行ってみましょう。
大分疲れてるようでしたから、何処かの部屋で眠り込んじゃってるかもしれませんしね」
「うん……そうだよな」
八戒の言葉に従い、悟空達は三蔵を探しに食堂を出た。
順に部屋を見ていった3人は、幾つ目かの部屋の前で立ち止まる。
開いている扉。それを見て、3人は顔を見合わせた。
「……三蔵? ここにいるんですか?」
そう声を掛けながら扉を大きく開いて部屋に入るものの、そこには三蔵の姿はなかった。
「ちっ、ここもハズレかよ」
悟浄がため息混じりに呟く。
「三蔵……何処行っちゃったんだろ……」
悟空は部屋の中をキョロキョロと見渡す。……と、あるものが目に入った。
それに近付き、よく見てみる。
「八戒、悟浄。これ……」
悟空の声に、八戒と悟浄は悟空の所へと歩み寄る。
悟空の目の前にあるテーブルには灰皿が置いてあった。
「煙草の吸殻……ですね。まだ新しい……」
「間違いねえ、マルボロだ。三蔵の吸った煙草だな」
この部屋に三蔵が入った事は間違いない。
この部屋で煙草を吸った後、また他の部屋を調べに行ったのだろうか。
「この部屋でサボってやがったのかよ、ったく。そんならそのままここにいりゃあいいものを……」
悟浄は吸っていた煙草を、その灰皿で揉み消す。
そしてそのまま部屋を出ようとする。
「……待って下さい、悟浄」
「ん? どうしたんだよ。三蔵、探すんだろ?」
「何か、おかしいと思いませんか?」
八戒のそのセリフに反応したのは、悟空だった。
「おかしいって、何が?」
悟空と悟浄に向き直りながら、八戒は自分の感じた疑問を話し始める。
「僕は食堂で夕食の準備をする前、三蔵がこの廊下の端の部屋に入るのを見ました。
という事は、三蔵は端の部屋から順々に部屋を調べていっていたという事です。
この部屋は端から6部屋目……。けれど、他の5部屋と違う点があります」
「煙草の吸殻があったって事?」
悟空はマルボロの吸殻を見る。
「いえ、もう1つ、違う箇所がありました。……扉が開いていた事です。
出る時に、今までの5部屋の扉は閉めて、この部屋の扉だけ閉めなかったのは変だと思いませんか」
「たまたま閉め忘れたのかもしんねえぜ?」
悟浄のセリフに八戒は首を横に振る。
「他の人ならそれもあるかもしれませんが、三蔵はそういう所は意外にきっちりしているんですよ」
「……確かに、寺院にいた時も、三蔵ってそういう事には結構厳しかったよな。
何回か、扉閉め忘れて怒られた事あったもん」
「……ならよ、扉が開いてたのはどういう事だ?」
「……この部屋から第三者によって連れ去られたか……。あるいは、元々この部屋から出ていないか……」
「出てねえって事ねえだろ。実際、いねえんだから」
「……とにかく、少しこの部屋を調べてみましょう。何か手掛かりが残っているかも……」
その八戒の言葉に頷き、悟空は部屋の中を調べ始めた。
悟浄と八戒もまた、それぞれ部屋内の調査を始めた。
雑然としている部屋の中を、丁寧に慎重に調べる。
部屋の隅の方に来た時、悟空は足元にちょっとした違和感を感じた。
踏んだ感触が微かに違う。そんな気がした。
悟空はその場にしゃがみ込み、その部分が見えるようにカーペットをめくる。
そこにあったものに、思わず悟空の声が大きくなった。
「八戒! 悟浄! 扉がある!!」
それを聞いて、八戒と悟浄が駆け寄ってくる。
八戒と悟浄は悟空の前に回り込み、片膝を付いて覗き込む。
「……隠し扉、ですか」
「胡散臭さ最高潮だな」
「行ってみようよ。もしかしたら三蔵、ここに入ってったのかも」
もちろん、八戒と悟浄にも隠し扉への潜入に異論はない。
何が出てきてもいいように構えながら、軋んだ音を立てて慎重に扉を開く。
完全に扉を開くと、地下への階段が姿を現した。
「やはり地下ですか。懐中電灯を持ってきた方がいいですね」
「俺、取ってくる!」
悟空は立ち上がり、部屋を出て行く。
「悟空! 気を付けて下さいね!」
八戒の声を聞きながら、悟空は荷物の置いてある食堂へと走っていった。
3本の懐中電灯で照らしながら、悟空と悟浄、八戒はゆっくりと地下への階段を降りていく。
「薄気味悪ぃトコだな、おい」
「こんな風に隠してある以上、ロクな使い方はしてなさそうですね」
周囲に気を払いつつ、3人は1歩1歩確かめながら降りる。
悟空は足を止め、戦闘時のように神経を研ぎ澄ませる。
「……何か感じたんですか、悟空」
「……なんか、近付いてきてる」
その言葉で、悟浄と八戒も更に意識を集中した。
ザザザザッという音が微かに聞こえ始め、みるみる内に大きくなっていく。
「……来ますよ!」
その声と、『何か』の襲撃はほぼ同時だった。
襲撃者の姿を懐中電灯が照らした途端、悟空が目を見開いて叫んだ。
「なっ、何だよ、これ!」
「俺に訊くなってーの!」
襲撃者の群れを払い除けるものの、数が余りにも多すぎる。
その襲撃者の正体。……それは、どう表現すれば良いのか、悟空達にも判らなかった。
一見するとネズミに見えるが、それにしては大きい。
それに鋭すぎる牙と爪。とてもネズミのそれとは思えない。
それらが大群をもって、悟空達に襲いかかってきたのだ。
ヤバイ。悟空達3人はほぼ同時にそう思った。
階段は2人がギリギリで並べるほどの幅しかなく、戦うには狭すぎる場所だ。
ここでは八戒の気孔はもちろん、悟空の如意棒も悟浄の錫杖も殆ど役に立たない。
加えて相手は小回りの利く動物で、鋭い牙と爪で攻撃してくる。
この状況は3人にとって、圧倒的不利としか言いようのないものだった。
階段を駆け降りようにも、懐中電灯の光しかない状態で、しかもそこかしこにその動物がいる状態では危険過ぎる。
次の行動を決めかねている時、八戒の声が響いた。
「悟空! 如意棒を階段の下に伸ばして、どれくらい距離があるか測ってみて下さい!」
そう言うと、八戒は悟空の手を引いて自分の前に出し、悟空に群がるその動物を払い始める。
「俺のはいいから、自分の方払えよ、八戒!」
「それよりも早く! 悟空!」
「判った! ……伸びろ、如意棒────!!」
悟空の声と共に、如意棒が階段に沿ってぐんぐんと伸びていく。
そして思ったよりも早く、如意棒の先端が何かにぶつかる。
「八戒! 大体10メートルくらい!」
「……それくらいなら、もし途中で落ちても何とかなりそうですね。……悟空、悟浄、一か八か駆け降りましょう!」
もう既に、かなりの傷を負っている。迷っている暇はない。
「行きますよ!」
その八戒の声を合図に、3人は群れで埋まっている階段を一気に駆け降りた。
敵を振り切るようにして駆け降りる。
だが、やはり暗さが災いし、一番後ろを走っていた八戒が群がってくる敵によって足を滑らせた。
前を走る悟浄、悟空を巻き込んで滑り落ちる。
幸いだったのは、足を滑らせた地点が階段の終わりに近かった事だろう。
「……っ! すみません、悟空、悟浄……! 大丈夫ですか!?」
上に覆い被さる体勢になっていた八戒が慌てて身体を起こす。
「って〜……。おい、猿、無事か!?」
「うん、大丈夫。ちょっとしか落ちてねえし!」
言いながらも追ってきている敵の群れを振り払う。
「オイ見ろよ! 扉があるぜ!」
悟浄が懐中電灯で通路の先を照らす。
そこには、見るだけでもその重量が分かりそうなほどの重厚さを持った扉があった。
「あそこに三蔵がいるのかも!」
「行きましょう! ただし、気を付けて!」
3人は先に見える扉に向かって走り出す。
そこに、三蔵の姿がある事を信じて。