禁煙令






休憩時間も終わり、三蔵達4人は再びジープで西に進んでいた。
三蔵と悟浄も、今の所大人しく禁煙令に従っている。
もちろん、水面下で禁断症状と激しく戦っているので、表情と顔色は優れないが。
それぞれの休憩時間で多少は気分が紛れたとはいえ、禁断症状はどんどん強くなるばかりだ。

「なあ、八戒。今日はどの辺まで?」
心配そうに三蔵の様子を窺っていた悟空の問いに、八戒は地図を開きながら答える。
「う〜ん、そうですね……。このしばらく先にある湖までは進みたいですね。
 じゃないと、明日、街に着けなくなりかねません」
その湖に今日中に着けたとしても、明日街に着くのは日が傾いてからになるだろう。

「でもよぉ、こーゆう時に限って、呼んでもいねえ客が来たりすんだよな……」
悟浄がため息をつくと、即座に三蔵のハリセンが飛んだ。
「余計な事言うんじゃねえ! 大体これまでのパターンからして、そんな事言ったら本当に……」
「あ、皆さん、あれ……」
三蔵の言葉を遮る形で、八戒が全員の視線を前に誘導する。
そこにいたのは、まさに『呼んでもいない客』の団体様だった。

「さて、どうします?」
のほほんと、八戒が三蔵に意見を求める。
「…………止まるな。突っ切れ」
「はは、言うと思いました。でも、止まれと言わんばかりに道を大岩で塞いでくれてますよ?」
大量の刺客でかなり見えづらいが、よく見ると確かに、そんなものが見える。
「用意周到なこって……」
セリフは軽めだが、悟浄の瞳には危険な光が宿っている。
三蔵に至っては、危険どころの騒ぎではない。マジギレ寸前である。

よりによって、このタイミングで三蔵と悟浄の神経を逆撫でするような仕掛けを用意した刺客に、八戒と悟空は僅かながら同情心を抱いてしまった。
この2人に殺される刺客達は、間違いなくマトモな死に方は出来ないだろう。



仕方なくジープを刺客達の数メートル手前で止め、ジープから降りる。
「おい、手早く片付けるぞ」
「当然っしょ」
既に戦闘準備万端な三蔵と悟浄は、その攻撃の照準を刺客の群れに定める。
いつもの5倍は殺気が満ちている2人に、八戒は苦笑を浮かべる。
「さて、じゃあちゃっちゃと済ませちゃいましょうか。予定が遅れたら困ります」
「ったく、こんな時に来んなよなあ!」
八戒と悟空もそれぞれ臨戦対戦を整えた。

次の瞬間、刺客達が一斉に4人に襲いかかってきた。
4人はそれぞれに散り、効率よく刺客達を片付けていく。
それでも八戒や悟空にやられた妖怪達はまだ運の良い方だろう。
悲惨なのは、残る2人に殺された妖怪である。
悟浄は錫杖でいつもの3倍は細かく細切れにしていて、もはやその死体は原形を留めていない。
三蔵に至っては、普段なら急所を確実に撃ち抜いて一発で仕留めるのだが、ニコチン不足の影響か手元が微妙に狂い、ポイントを外してしまっているのだ。
そのため、妖怪は即死する事も出来ず、何度も銃で撃ち抜かれる羽目になってしまっていた。




元々人海戦術としかいいようのない刺客達である。
好戦的な気分も手伝って、あっという間に片付けてしまった。
「ち、余計な時間取らせやがって……!」
三蔵がイラついた様子で吐き捨てる。
「さっさと行こうぜ。こんなトコ、これ以上いたって無駄だろ」
「そうですね。でも、あの岩が邪魔でジープは通れませんから、登って越えないと……」
「あーもうマジでムカツク奴らだな、こいつらっ」
悟浄も苛立ちは隠せないようで、自分の髪をわしゃわしゃと掻き混ぜている。
この様子から見て、禁断症状がかなりの段階にきているようである。




何とか大岩を越え、再びジープに乗って本日の目標である湖に向かう。
三蔵は助手席で目を閉じている。ハタから見ると瞑想しているようにも見える。
悟浄の方はいつになく無口で、じっと周りの景色を見つめていた。
そんな状態なので、悟空も気を遣ってか、少々退屈そうながらも大人しくしていた。

『世界禁煙デー』という日を知り、良い機会だと思って言い出した今回の禁煙令だが、三蔵と悟浄がここまで真剣に我慢してくれるとは正直八戒も予想していなかった。
禁煙がどれほどつらいものか、判らないにしても想像は出来る。
もちろん、出来る限りの手立てを用いて、今日一日禁煙させるつもりではいたが、
もしもどちらかが我慢できなくて吸ってしまったとしても仕方がないとは思っていたのだ。
だから、今この時点まで禁煙令が守られているという事が、八戒には嬉しかった。

八戒はジープを走らせながら、このまま今日一日我慢してくれたら、明日は何か2人の喜ぶような事をしてあげようかなどと考える。
一日耐え切ったご褒美に。約束を守ってくれたお礼に。





それからは特に刺客の襲来もなく、無事に湖まで辿り着く事が出来た。
もうすっかり辺りの景色は夕暮れに染まってしまっている。
「それじゃ、野営の準備を始めましょうか」
八戒はそう言って、テキパキと準備を整えていく。
その隣で、悟空も八戒を手伝って準備をしている。
いつもなら悟浄にも色々用事を言い付ける八戒であるが、今日はそれはしなかった。
悟浄も三蔵も、禁断症状を抑えるので神経をすり減らしている。
そんな時にあれこれ用事をさせるほど、八戒は無神経ではない。

「なあ、八戒! 他になんかする事ある?」
悟空もそれを分かっているのか、いつもより更に迅速に動いてくれている。
「いえ、あとは夕食の準備をするだけですので、悟空はもう休んでくれてていいですよ」
「そっか、判った。ごめんな、メシの仕度とか手伝えなくて……」
「そんな事。いつも野営の準備とか頑張ってくれてるじゃないですか。助かってますよ」
「ありがと、八戒!」
そう笑って、悟空は三蔵の方へと走っていった。

ふと見ると、悟浄が八戒のすぐそばまで来ていた。
「どうしたんですか、悟浄?」
「あー、なんかする事あるか?」
「いえ、いいですよ。今、大変でしょう」
「いや、なんかしてた方が気が紛れるかと思ってよ……」
それは本当だろうが、実際のところは忙しなく動く八戒に悪いと思ったのだろう。
こんな時にまで八戒を気遣う悟浄は、本当にお人好しだと思う。
それが、悟浄の良い所であるのだけれど。
「……そうですか。じゃあ、湖の水を汲んで、このお野菜を洗ってもらえますか?」
「おう」
桶と野菜の入った籠を受け取って、悟浄は湖の方に向かった。



悟空は座り込んで目を閉じている三蔵の隣に座る。
声を掛けて良いものかどうか分からなくて、そのままじっと三蔵の顔を見つめていた。
「……何だ」
突然掛けられた声と開いた瞼に、心底驚く。
「あ、あの、三蔵、あのさ、……大丈夫かなって、思って……」
それには答えず、三蔵は悟空の手を取ると再び目を閉じる。
「さ、三蔵!?
「……いいから、このままでいろ」
「……うん」
気のせいかもしれないけど、さっきより三蔵の表情がほんのちょっと穏やかになった気がして
悟空は少し身体をずらして三蔵に寄りかかった。
怒られる覚悟をしていたが、三蔵は何も言わず、身体をどかしたりもしなかった。

こうしている事で、ちょっとでも三蔵の気が紛れたらいいのに、と悟空は三蔵に凭れながら思う。
禁煙というのがどれほど大変なものか、悟空には今いちよく分からない。
でも、三蔵と悟浄の様子を見ていれば、並大抵のものではない事は理解できた。
どんなに大変でも、悟空には助けてあげられないから。
だから、せめて少しだけでも精神的な負荷を和らげてあげたい。



それからどれくらい経っただろう。ふと感じた気配に悟空が振り向くと、八戒がこちらに向かってきていた。
「三蔵、悟空、夕食の準備が出来ましたよ」
「うん! 三蔵、メシだって!」
三蔵から身体を離し、身体ごと三蔵の方に向く。
「……ああ」
三蔵もずっと握ったままだった悟空の手を離し、静かに立ち上がった。



夕食は野菜のスープなどのあっさりしたものが主だった。
明らかに三蔵と悟浄の状態を気遣い、丁寧に慎重に味付けされたものである。
2人とも食欲はないのだが、さすがにこれは食べないわけにはいかない。
「……大丈夫ですか、2人とも。食べられそうですか?」
「はは、だぁいじょーぶだって。あんま過敏になんなよ、八戒」
悟浄がひらひらと手を振りながら、軽く笑ってみせる。
三蔵も黙々と、少しずつながらちゃんと口に運んでいる。
無理をしている事は分かっていたが、八戒は「そうですか」とだけ答えていつもの笑顔を見せた。




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2001年6月23日 UP




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