大きな音をさせながら、悟空は『何か』を見つけるために民家の中をあちこち探し回っていた。
三蔵へと繋がる、その手掛かり。
それが何かは分からない。
分からないものを探すのは、身体的にも精神的にも大きい負担をかける。
しかし、今はそんな事は関係ない。
ただ三蔵に会いたかった。会ってその声を聞きたかった。
なのに、いくら探しても、手掛かりらしい物が見当たらない。
そもそも、この村に手掛かりがあるという確証すらない。
余りに頼りない手掛かりへの糸を、悟空は必死で手繰り寄せようとする。
どれだけ遠くても、一刻も早くこの手に掴めるように。
どうか、この糸が途中で切れてしまわないようにと祈りにも似た願いを込めながら。
幾つめか分からない家のドアを開け、中に入る。
そこら中をひっくり返して調べていたが、本棚にぶつかった弾みで本棚に収められていた本が3冊ほど床に落ちた。
それだけなら、別に気にもしないで探索を続けていただろう。
ただ、3冊もの本が落ちたにしては音が軽すぎる気がして悟空は何気なく視線を落ちた本へと送った。
床に転がっていたのは、本を入れるための空のケースが3つ。
悟空は周りに視線を走らせるが、中に入っていたと思われる本そのものは1冊も見当たらない。
不審に思って悟空はそれを拾い上げ、本棚の方に目を向けた。
その本棚に並べられていたのは、分厚い辞典や難しそうな専門書のようなものだった。
たくさんの本が、先程落ちた3冊分以外は実に綺麗に整頓されて並べられている。
その中の1冊のケースを取ってみると、それもケースだけで中身の本が入っていない。
そんな風に調べていくと、その本棚に入っている本の殆ど全てがケースだけだった。
いくら何でも、おかしい。
ケース自体は、実に整然と並べられている。
もちろん、大分朽ちていてボロボロになってはいるが。
それでも、隙間もなく詰まっているケースの中身が全部空だというのは、悟空から見ても妙だと分かる。
この本棚に、何かあるのだろうか。
そう思い、悟空は本棚の周囲を注意深く調べ始めた。
後ろを調べようと本棚を動かした時、『それ』は見つかった。
八戒は5軒目の家の扉を開け、今までと同じように中を探索する。
「やっぱり……おかしいですね」
ポツリと独り言が漏れる。
今まで調べてきて、特別なものは発見できなかったが、八戒は一つ不自然な事に気付いていた。
最初の内は気にしていなかったが、5軒連続となると偶然とは思えない。
八戒が気付いた不自然さ……それは、服だった。
これまで調べた4軒、そして今いるこの5軒目の家にも、女物の服しかないのだ。
最初の2軒くらいは、特に疑問も抱かなかった。
女性の1人暮らしくらい、別に珍しい事でもないからだ。
だが、隣り合う5軒連続で女性しか住んでいないというのは、いくら何でも不自然ではないだろうか。
まだ結論を出すには早いが、少々偶然の域を越えかけている。
子供服すらも、女の子のものしか見かけていない。
それ以前に、子供がいるにも関わらず、夫と思われる男の服すらない。
もちろん、未婚の母という可能性もあるだろうが、それがこうも続くとどう考えてもおかしい。
一体この村は何なのだろうか。とても普通の村とは思えない。
奇妙な点が余りにも多すぎる。
八戒は、この村が今回の三蔵の失踪と関わりがある可能性が強まっていく感覚を覚えていた。
「ったく、何かねえのかよ!?」
悟浄はそこら中を調べ回りながら苛立ったように舌打ちをする。
悟浄が担当しているのは住居ではなく、村の中心部にある広場やその周辺だ。
広場には中央に何かオブジェらしきもの、周りにはベンチや樹木、子供の遊び道具だろうものが点在している。
中央にあるオブジェが何となく怪しそうで調べてみたものの、特に何も発見できなかった。
何でもいい、何か、変わったものでも見付かればそれが手掛かりにならないとも限らない。
そんな思いで、目に付くものを片っ端から調べる。
この瞬間にも、三蔵の身に何か起こっていたら───そんな考えが頭をよぎるのを懸命に振り払う。
今は、手掛かりを見付けなくてはならない。何としてでも。
三蔵の身に危険が及ぶ前に。何もかも手遅れになってしまう前に。
殆どの物を調べ終わっても、何も発見できない。
悟浄の胸の内に、焦りと苛立ちがどんどん湧き上がってくる。
焦れば焦るほど悪い結果を生む事くらい悟浄にも分かっている。
それでも、不安と焦燥はどんどん増していくばかりだ。
そんな気分を落ち着けるために、悟浄は大きく息をつくと、傍にあるベンチに腰を下ろした。
煙草に火を灯し、煙を肺いっぱいに吸い込む。
吐き出した紫煙を眺めながら、悟浄は少し落ち着いた頭で考え出した。
この小さな村の中で、妙に浮いた印象のするこの広場。
さっき調べた子供の遊具の数々も、時間の経過によって古くなってはいるものの余り使い込まれた風には見えない。
むしろ、まるで取ってつけたもののようにも見える。
広場そのものがわざとらしい気がして、悟浄はベンチから広場全体を見渡してみる。
何かあるとすれば、やはり胡散臭いのは、さっきも一度調べた中央部にあるオブジェだ。
わざと目立つように設置したカムフラージュだという可能性もあるが、それ以外特に目立って気になるものがないのも事実だ。
悟浄は煙草を踏み消すと、再びそのオブジェに向かって歩き出した。
オブジェの周りや、目線より少し下の辺りに嵌まってある珠などをもう一度調べてみる。
だが、先程と一緒で特に何も変わったものはない。
やはり見込み違いかと悟浄が身体の向きを変えた時、視界に何かが引っ掛かった。
「……何だ、これ」
オブジェに嵌まっている珠が、ぼんやりと小さく光を発していた。
さっきまでは確かに光ってなどいなかったのに。
薄く光るその珠を前に、悟浄は次の行動を迷った。
だが、その迷いも一瞬だった。
ただ見ていても仕方がない。折角訪れた状況の変化なのだ。
例え罠だろうが何だろうが、少しは事が進展する可能性はある。
そう考えると、悟浄はすぐさま、だが慎重にその珠に触れた。
悟浄が珠に手を触れた瞬間、その光は強まって一気に広がりを見せた。
そして、その光の中に見えた人物に、悟浄は思わず叫んだ。
そう、見えたのは、今まさに悟浄達が必死に探している人物。
「……三蔵!」
叫ぶと同時に、悟浄はその光の中へと手を伸ばした。
だが、姿が見えたのも束の間、あっという間に光は弱まり、その姿は消えてしまった。
「なっ……! 三蔵!?」
三蔵の姿が消え、悟浄の手は空を切っただけだった。
「くそっ、光れよ! もっぺん光れってんだ! おい!」
オブジェを叩いたり、珠に触ってみたりしたものの、再び珠が光を発する事はなかった。