閉ざされた村





時間は少し遡り、三蔵と悟空がお互いを見失った後。
三蔵は、洞窟の奥に向かって慎重に足を進めていた。
歩くたびに、奇妙な違和感が三蔵を襲う。
平衡感覚が狂わされるような、そんな感覚。



しばらく進んでも、分かれ道がない。
普通、こういった洞窟の場合、道が枝分かれして迷宮化しているものだ。
やはりこの洞窟は、何者かが明確な目的を持って作ったものだという事だろうか。
なら、その目的は? それは、今の段階では把握しようがない。

この洞窟に入ってからの違和感。これは結界による物だろう。
こんなくだらない代物に引っ掛かった自分に吐き気がする。
悟空はどうなったのだろうかと考えて、馬鹿な事を、と思う。
三蔵と同じように結界に取り込まれたにしろ、結界から脱出したにしろ、悟空がやろうとする事は1つだろう。
三蔵を見つけ出す事。
おそらく今頃はそのためにバタバタと走り回っているのだろう。
その様子が容易く想像出来て、そんな状況ではないにも関わらず三蔵は思わず苦笑した。





しばらく歩くと、先の方に開けた場所が見えてきた。
その急に広くなる場所の手前で、三蔵は横の壁にひたりと身体を寄せる。
そしてその体勢のまま、少しずつその場所に近付いていった。

直前で立ち止まり、中の様子を窺う。
特に人や妖怪の気配はしない。
薄暗い中ではロクに全体を見回す事も出来ないが、何かが地面に散乱しているかに見えた。
このままここで立ち止まっているわけにもいかない。
三蔵は銃を構え直すと、その中に足を踏み入れた。



素早く周りを見回し、突然の襲撃にも備える。
だが、相変わらず何者の気配も感じなかった。
足を少し進めると、コツ……と足に何かがぶつかった。
先程様子を窺った時に微かに見えたものだろう。ただ、それが何かは暗くて分からなかったが。
三蔵は警戒を強めつつ、その場にしゃがみ込んで『それ』をよく見てみた。
そして……『それ』の正体に、目を瞠った。





三蔵が見たそれは……人骨だった。
目の前をよく見てみると、地面を埋め尽くしているのは、おびただしい数の骸骨だったのだ。
しかも、三蔵の足元にあるのは……どう見ても小さな子供のものにしか見えなかった。
これは、この洞窟を根城にした妖怪の仕業なのだろうか。
だとしても、これだけの人数を何処から連れてきたのか。
そう考えて、三蔵は森に来る前に見た廃村を思い出した。
もしかしたらこれは、あの村の人々なのかもしれない。
村を捨てたのではなく、1人残らず妖怪に喰われてしまったのだとしたら。

三蔵は警戒心を更に強くして立ち上がる。
これだけの人間を喰った妖怪なら、相当力も強いはずだ。
気配を殺す術も身につけているかもしれない。
今ここに気配がしないからといって、油断は出来ない。



暗さに慣れてきた目で注意深く辺りを探る。
人骨が地面に散乱してる以外は開けた場所で、特に身を隠せるような場所はない。
だが、丁度三蔵が入ってきた道の真正面に、再び通ってきたのと同じくらいの細い通路があった。
となると、敵はあの通路の奥にいると考えるのが妥当だろう。

ただ、右手側の壁にくっつくように何か台のようなものが立っているのが目に付いた。
無視して進んでもいいのだが、何か重要な手掛かりである可能性もある。
三蔵は奥の通路に気を配りながら、その台の方に静かに近付いていった。




その台は三蔵の胸の辺りくらいの高さで、両手にすっぽり収まる程度の大きさの珠が上に1つ乗っていた。
三蔵は注意深くその珠を観察する。
見た目には、特に変わった様子はない。
だが、この状況でこの珠が何の意味もないただの飾りだというのは考えにくい。
何かに反応する仕掛けでもあるのかと思って調べてみたが、台には何もスイッチのようなものは見当たらない。
三蔵は少し躊躇したが、何か突破口になればと、その珠に慎重に触れてみた。

だが、触れてみても特に何も起こらない。
三蔵は珠に手を置いたまま、何か他の意味があるのだろうかと考える。
あるいはこれ単体では意味のないものなのだろうかと思い、それならばここでこうしていても仕方がないと三蔵は手を離しかけた。


だがその瞬間、珠から僅かに光が発せられたかと思うと、瞬く間にその光は大きく広がった。
そして、その光の中心に影が見えた。余りにも見慣れたその影に、三蔵は目を見開いた。
「なっ……悟浄!?
光の中に見えたのは、紛れもなく悟浄だった。

何が起こったのか把握する間もなく、背後に感じた殺気に三蔵は咄嗟にその場から飛び退いた。
その半瞬後に、ついさっきまで三蔵のいた場所の床に大きな爪痕が刻まれた。
三蔵はすぐさま銃を構えると、その殺気の主めがけて連射した。
銃弾がかわされた事に舌打ちしつつも、その隙に体勢を立て直す。



鋭い爪を身体の前でちらつかせた妖怪は、再び三蔵に対して飛びかかってきた。
「人間! 久しぶりのエサだ!」
そう叫ぶ妖怪の目は既に常軌を逸しているように見えた。
三蔵は銃を構え、今度は的を見誤る事なく正確に妖怪に照準を合わせて引き金を引く。
その銃弾は妖怪の右肩に命中し、妖怪の身体が後ろに倒れた。
だが、その傷にも関わらず妖怪は瞬時に身体を起こすと三蔵に襲いかかった。
まさかあのケガでこれほど早く動けると思っていなかった三蔵は、少し反応が遅れた。

「くっ……!」
咄嗟に妖怪に発砲しつつかわしたが、完全にはかわしきれず、左の二の腕に血が流れ落ちる。
三蔵の銃弾も今度は脇腹の辺りに命中したらしく、妖怪は踵を返すと洞窟の奥の方へ逃げ去ってしまった。




後を追おうとした三蔵だったが、左腕に走った強烈な痛みに足を止める。
よりによって銃を扱う左腕をやられてしまったのは手痛いミスだったと思う。
右手でも銃は扱えるが、どうしても命中率は下がってしまう。
この状態で深追いは危険だ。
だが、洞窟から出られない今の状況ではそう呑気にもしていられない。

三蔵はひとまず妖気が近くに感じられない事を確認すると、洞窟の壁にもたれる形で腰を下ろした。
この腕の止血をする事が何より先決だろう。
三蔵は懐から手拭いを取り出すと、左側の法衣をはだけて傷口を見ながら簡単な止血をする。



止血のための処置をしながら、三蔵は先程の妖怪の事を考えていた。
三蔵がこの洞窟の奥に危険を承知で入ってきたのは、この結界を張った者が奥にいると考えたからだ。
だが、あの妖怪が結界を張ったのかと考えてみると……どうしても納得がいかない。
あの妖怪は三蔵をただの『人間』としてしか認識していなかった。
要するに、『三蔵法師』を狙った罠ではないという事だ。
それなら、何のためにこんな結界を張ったのか。
エサとなる人間を捕らえるため、というのはおかしい。
それならこんな面倒な結界を張らなくても、自分で人間の村なり街なりに狩りに行けばいい。
こんな人里から孤立した森にいつかかるか分からない人間を待っているよりは、余程効率的であるはずだ。
『久しぶりのエサ』などと言っていたところから考えると、ここしばらく人間を食べていないだろう事は容易に推測できる。
なら何故、この洞窟を出て人間を襲いに行かないのか。

この結界を張った者があの妖怪ではないなら、この奥には更に別の者が潜んでいるのだろうか。
それは何者なのか。
そもそも、この結界を張った目的は何なのか。
悟浄の姿が見えた先程の光は何だったのか。


分からない事が多すぎる、と三蔵はため息をつく。
こんな面倒な事に巻き込まれた事に、今更ながら怒りがこみ上げてくる。
こんな洞窟を見つけた河童と猿には後で死ぬほどハリセンと銃弾をくれてやるなどと、半ば八つ当たり気味な事を考えながら、ひとまず処置を済ませた三蔵はゆっくりと立ち上がった。







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2003年5月6日 UP




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