村の入り口に待機させていたジープの元に集まり、悟空達はそれぞれの発見を報告する。
まずは悟浄が、先程の光の現象を話す。
広場にあったオブジェ、その中央の珠が光り、その中に三蔵の姿が見えた事を。
「三蔵が!? ホントに!?」
「んな嘘言ってどうすんだよ」
「……となると、この村が今回の一件に関係している事は間違いありませんね……」
八戒が考え込みながら呟く。
「それで、消えた後はもう二度と光らなかったんですね?」
「ああ。どうにか光らないかと思って、色々試してみたんだけどよ……」
「そうですか……。何故その時だけ光ったのか気になりますが……。
今はとにかく、全体像を掴む事が先ですね。じゃないと、どうにも動きようがありません」
八戒の意見に、悟浄と悟空も頷く。
三蔵がいない今、先に立って行動を決定するのは八戒しかいない。
そして次に、八戒が気付いた奇妙な一致を話した。
「……女だけの村? どういうこったよ、それ」
「僕にも分かりません。ただ、10軒以上調べてみましたが、女性の服しかないんですよ」
困ったように八戒が答えると、悟空が何かを思い出したように頷く。
「あ、そういえば俺が調べた家でも、男の服って見なかった気がする……」
悟空はそんな事まで気にする余裕はなかったから、余り詳しくは思い出せないのだが……。
「悟空の方もそうだとすると、いよいよ偶然とは思えませんね」
「偶然じゃないとして、何で女ばっかりで村作る必要があるんだ?」
「それなんです。それが分かればいいんですが……」
八戒が考え込んだところに、悟空が懐からごそごそと何かを取り出した。
「なあ、八戒。さっき調べててこんなモン見つけたんだけど」
悟空は八戒にそれを手渡し、見つけた時の状況を説明する。
「これは……日記帳のようですね。わざわざ本棚の後ろに隠してあったんですか……。
カムフラージュしてまで隠してあったって事は、何か重要な事が書かれているかもしれません」
そう言って、日記帳のページをめくる。
10月12日
偉いお坊さま達が、人喰い妖怪を退治するのに私達の協力が必要だという。
私達に何が出来るのか分からないけれど、危険な目には遭わせないと約束して下さるそうだ。
その人喰い妖怪には何人も殺されているらしい。中には子供も。
私も母親として、そんな事は許せない。
明日、あのお坊様達に協力を申し出てみよう。
10月17日
妖怪退治に必要なのだというお坊様の言葉に従い、新しい村に住むことになった。
女しか出来ない事だというので、この村に住むのも全員女ばかりのようだ。
建物の並びも少しおかしな感じがする。これは何なのだろう。
梨苑も必要だと言うので連れてきてしまったけれど……。
10月24日
確かに一緒にこの村に来たはずの、梨苑の友達とそのお母さんがどこにもいない。
家を訪ねてみても、荷物はそのままだから、この村を出ていったわけはないはずだけど……。
梨苑が寂しがっている。一体、どうしてしまったんだろう……。
11月10日
村の人たちが、だんだんいなくなっていく。
みんな、どこに行ってしまったんだろう。怖い。
これ以上ここにいたくない。明日になったら、梨苑を連れてこの村を出て行こう。
11月11日
村から出られない どうしたらいいの どうしよう どうしよう
怖い 誰か助けて
11月25日
とうとう隣に住んでいた奥さんまで消えてしまった
誰かここから出して 怖い 誰か助けて 助けて
神様 助けて下さい 梨苑だけでも助けて下さい
私は消えてもいい 梨苑だけは助けて
誰か助けて 助けて 助けて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけてたすけてたすけて
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて
11月25日を最後に、日記は途切れていた。
最後のページは字が震え、まるで狂ったように殴り書きの字で「たすけて」と書き続けている。
これを見ただけでも、この日記の持ち主の恐怖がまざまざと伝わってくる。
「……どういうこったよ、これ……」
悟浄が、日記を覗き込みながら呆然と呟く。
「これだけで事の全容を推測するのは無理ですが……彼女達はその『人喰い妖怪』とやらに、喰われてしまったんではないでしょうか……」
「でも! その坊さん達って、その妖怪を退治するって言ってたんだろ!? なのに、何でだよ!?」
悟空の声が、無意識の内に大きくなる。
「分かりませんが……元々そのつもりで彼女達を村に閉じ込めたのかもしれません」
何の目的かは分からないが、元々妖怪に喰わせるために彼女達を騙して村に閉じ込めたのだとしたら。
到底許せる事ではない。
非力な女子供を妖怪に差し出して、喰わせる。
どんな理由があったとしても、こんな非道な事が許されていいわけがない。
村の住人が次々と消えていく中、彼女達の恐怖はどれほどだっただろう。
いつか、自分達も消えてしまう。死んでしまう。
なのに、逃げる事も出来ず、ただその時を待っている事しか出来ない。
訳も分からないまま間近に迫る『死』に怯え、果たして正気でいられただろうか……。
「何だよ、それ……! 何でそんな酷え事すんだよ!」
悟空が怒りを露わにして叫ぶ。
その怒りは、八戒も悟浄も感じている。
ただ、今はその怒りに身を任せるわけにはいかなかった。
三蔵を助け出す事。それが、今の3人にとっては最重要事項なのだから。
「2人とも。とにかく、これまでの情報を元にして、少し話を整理してみましょう」
情報のピースを繋ぎ合わせて、パズルを完成させていかなくてはならない。
全てのピースが揃っていなくても、大まかな全体図が浮かび上がれば推測で埋められる部分もあるだろう。
そう判断し、八戒は集めた情報を整理してみる。
まず、三蔵の失踪。
森の洞窟に悟空と共に入り、出ようとした時に、三蔵だけが消えてしまった。
おそらく、入った時から既に何らかの結界に捕らえられていたのだろう。
ここでの疑問は、何故三蔵『だけ』が消えてしまったのか。
一緒に入ったはずの悟空が無事で、どうして三蔵だけが捕らえられてしまったのだろう。
やはり『三蔵法師』を狙った罠なのか、それとも他の理由があるのだろうか。
そして、その三蔵を救うために八戒達はその洞窟の奥へと向かった。
しかし、こちらも結界に阻まれ、洞窟の内部には入り込めなかった。
ふと、八戒は考えてみる。
もしも、三蔵と悟空が一緒に入っていった時、引き返さなかったなら……?
その時はどうなっていただろうか。
おそらく、同じ事なのだろう。
八戒達が入った時と同じように出口が見え、三蔵だけが結界の内に捕らわれる……。
洞窟内部に入れず、八戒達は手掛かりを求めてこの村へと来た。
そして、この村と三蔵の失踪との関連性を発見したのだ。
悟浄が見たという、光の中の三蔵の幻で。
ただ、何故その時だけその珠が輝いたかは謎のままだ。
光を発したきっかけは何だったのか。
それが分かれば、かなり大きな前進になるのだが……。
あれが三蔵と自分達を繋ぐ重要な鍵である事は、もはや疑いようがないのだから。
村に女性だけしかいないという奇妙な事実と、あの日記。
『妖怪退治をする』と言っていたという、僧達。
にも関わらず、その僧達は女性達を妖怪に喰わせていた可能性が高い。
何の目的で、そんな事をしたのか。
それもまた、今回の一件に関わりがあるのだろうか。
いくら繋ぎ合わせようとしてみても、元々ピースが少ない上に外形を縁取るピースが少な過ぎる。
余りにも、謎の部分が多すぎるのだ。
それでも、当初に比べれば、大分手掛かりも掴めた。
とにかく、今、一番重要なポイントは……三蔵の幻が見えたあの珠だろう。
ひょっとしたら、三蔵のいる場所──洞窟内部だろうが──と空間が繋がるポイントになっているのかもしれない。
あの日記によれば、この村の住人は村から出られなかったらしい。
という事は、この村にも女性達がいた当時は結界が張り巡らされていたのだろう。
しかし、この村に妖怪がいた形跡も、女性達が喰われた様子もない。
だとするなら、女性達が妖怪に喰われたのは、何処か別の場所だろう。
もしかしたら、それがあの洞窟だったのかもしれない。
その場合、村に結界が張られていたのなら、何処かにその洞窟と通じる道があったはずだ。
それが、悟浄が見付けたあの珠なのではないだろうか……?
「その可能性を信じるしか、今は方法がありませんね……」
今の所は、三蔵の元に通じる可能性があるのは、その珠だけだ。
「悟浄、悟空。とりあえずその珠の所に行ってみましょう。悟浄、案内お願いします」
「ああ。村の中心だから、すぐ分かるぜ」
「じゃあ、行こうぜ! ひょっとしたら、また光るかもしれないし!」
それを願いつつ、八戒達3人は村の中央の広場へと向かった。