閉ざされた村





続けざまに銃弾の音が洞窟内に響き渡る。
左腕に走る痛みに舌打ちしながら、三蔵は妖怪の攻撃をかわす。
手負いの者同士という事もあり、なかなか互いに攻撃を命中させる事が出来なかった。




妖怪が再び戻ってきたのは、三蔵が手当てを済ませて間もなくだった。
おそらく傷を負って反射的に逃げたのだろうが、妖怪もまた布を巻くだけの簡単な止血をした後、三蔵を仕留めるべく戻ってきたのだ。
妖怪にしてみれば、三蔵は久しぶりにやってきた貴重な食糧だ。
結界があるとはいえ、万が一にも逃げられるわけにはいかないといったところなのだろう。
とはいえ、元々三蔵も逃げるつもりなどさらさらなかったのであるが。

だが、ケガの事を差し引いてもこの妖怪の強さは相当なものだった。
長く食事を摂ってないのか多少は弱っているのかもしれないが、その分飢えた獣のような狂気じみた激しさで襲い掛かってくる。
マズイな、と三蔵は攻撃の手を緩めないまま考える。
このまま戦闘が続けば続くほど、人間の三蔵の方が体力的に分が悪くなる。
三蔵の動きが鈍れば、妖怪は容赦なく三蔵をその爪で引き裂くだろう。
だが、早々に決着を着けようにも妖怪の動きも素早く、三蔵自身のケガも響いてなかなか銃弾を命中させられないというのが現状だ。
突破口を見つけようにも、今の状態では他の事に神経を使ってもいられない。



どんどん最悪の状況に追い込まれていくのを三蔵は感じていた。
体力もそうだが、銃弾の数も残り少ない。
銃弾がなくなれば、まず勝ち目はなくなる。
魔戒天浄を使おうにも、こうも休みなく攻撃を仕掛けられているとそのための経を唱える余裕すらない。


「冗談じゃねえ……」
こんなところで死ねるはずなどない。
自分にはまだやらねばならない事が残っているのだから。
ぶち殺す、と小さく呟くと、三蔵は攻撃をかわしながら最後の5発を銃に装填した。













村の中心部、その大きな広場に悟空達はいた。
中央にあるオブジェの前に立ち、その更に中心部の珠に注目する。
「これが例の珠ですね、悟浄」
「ああ」
だが、やはり珠は光らず、何の反応も示さない。
「……悟浄、その時何か変わった事とかなかったですか?」
「いや、俺もあれから何度も思い出してみてんだけどよ……」
珠が光ったきっかけを悟浄も必死に思い出そうとするのだが、一向に思い当たるフシがない。

そう言っている間にも、縋るような思いで3人は何か手掛かりがないだろうかと珠を中心にオブジェ周辺を調べる。
しかし、いくら調べてみても何も見つからないし珠も反応しない。
「……何でだよ!? 何で光ってくんねえんだよ!?
オブジェを強く叩きながら、悟空は叫ぶ。
「落ち着いて下さい、悟空!」
「分かってるよ! でも……でも早くしないと三蔵が!」
「大丈夫、あの人がそう簡単にやられるはずがありません」
「そうだけど……でも、なんか嫌な予感がするんだ。早くしないと手遅れになりそうで……」
悟空は胸の辺りをギュッと握りしめる。
この珠を見た時から胸の奥がざわざわとして、酷く胸騒ぎがするのだ。
訳も分からず、ただ『早く、早く』という思いだけが胸の中を占めていく。
だが、逸る気持ちとは裏腹にどうすればいいのか分からない。
悟空は祈るような気持ちで、珠を両手できつく掴む。



───三蔵! 三蔵! 三蔵……!



悟空は心の中で強く三蔵の名を何度も呼んだ。
この気持ちだけで飛んでいければいいのに、と思う。
悟浄が1人で調べた時には三蔵と繋がる光が現れたのに、どうして悟空の時には珠は光ってくれないのだろう。
それが悔しくて、想いが足りないのだと言われているみたいで、たまらなかった。
三蔵への想いだけなら誰にも負けないのに。
胸に刺さる痛みを感じながら、悟空は珠を握りしめる手に力を込めた。













───……三蔵……───




微かに自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、三蔵は素早く視線を走らせる。
だが、当然だがここには三蔵と、対峙している妖怪しかいない。
戦闘に集中していた意識を、ほんの少しだけ声の方に向ける。
すると再び、本当に微かにだが三蔵の名を呼ぶ声が聞こえた。
後ろから聞こえた声に、三蔵は妖怪の攻撃をかわしつつ位置を移動してその方向を見た。


そこにあったのは、さっき光の中に幻が見えたあの珠。
珠が、ぼんやりと光を発しているのだ。
その光を見た瞬間、三蔵は迷わなかった。
最後の2発を妖怪に撃ち込みながら、その珠の元へと走る。
光を放つ珠に三蔵が触れたその刹那、光は瞬く間に広がり、強く輝いた。



今度光の中に現れたのは、悟浄ではなかった。
泣きそうな顔でこちらを見ているのは、間違いなく悟空。




「三蔵!」
その声と同時に、悟空は三蔵の方へ手を伸ばしてくる。
そして、伸びたその手が、光を抜けて三蔵の目の前に現れた。





時間的にはほんの数秒の出来事だっただろう。
それでも悟空にとっては、三蔵の姿を見止めてからこうして目の前に立つまでがとてつもなく長く感じられた。
三蔵がいなくなってから必死で探して、やっと、やっと見つけ出したのだ。
無事でいてくれた。その事だけで泣きたくなるくらい嬉しかった。



だが、薄暗い中で見えた地面に散乱した人骨に、悟空の表情が固くなった。
先程読んだ日記の事が頭を掠める。
この無数の人骨はまさか……と考え、悟空は手をきつく握り締めた。



悟空は強烈な殺気を感じて、地面に落としていた視線を上げる。
眼前に迫った妖怪に、悟空は咄嗟に攻撃を避け、蹴りを入れた。
後ろに吹き飛ばされた妖怪を敵だと判断した悟空は、如意棒を出すと即臨戦体制に入る。
この妖怪が元凶なのだと直感し、妖怪に向けられた悟空の目が一層厳しくなる。

三蔵は弾のなくなった銃を一旦下ろすと、ため息をついた。
「ったく、この俺を散々働かせやがって……。後はてめえが始末しろ」
「おう!」
「だが……」
返事と共に地を蹴ろうとした悟空は、三蔵の言葉に足を止めて続きを待った。
「だが、まだ殺すな。コイツには訊きたい事が色々あるからな」
「分かった!」
そう答えると、今度こそ悟空は起き上がってきた妖怪に向かって走り出した。







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2003年6月9日 UP




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