閉ざされた村



10


「おいおい、一体どうなってやがんだよ?」
悟浄は少し苛立ちながら、例の珠のついたオブジェを手の平で叩いている。
「急に光ったと思ったら、悟空まで消えちまいやがって……」
悟浄はオブジェから手を離すと、舌打ちした。

八戒はというと、手を口元に当ててじっと珠を見つめていた。
悟空が光の中に消えてから、もう随分な時間が経っている。
あるいは八戒達が感じているほどの時間は経っていないのかもしれないが、それでもあれっきり反応がないのは心配である。
悟空が咄嗟に光に手を伸ばした時の表情から推測するに、あの時悟空には三蔵の姿が見えていたのだろう。
とすると、おそらく悟空の消えた先は三蔵のいる場所だ。
2人が合流出来たのなら、その場での問題はきっと何とかするだろうとは思う。
それでも、こうしてただここで待っているだけというのは歯がゆい。
何らかの行動を取ろうにも、いつまたこの珠に反応が出るかと思うと迂闊にここを動けない。
今はここで反応を待つしかないと、八戒はひたすら珠に視線を固定していた。



それから間もなくして、その反応は現れた。
珠が、ぼんやりとだが光りだしたのである。
「おい、八戒!」
「……ええ」
その光に、八戒が慎重に触れようとしたその瞬間。
小さく乾いた音が聞こえたかと思うと、珠に小さなヒビが入った。
そして次の瞬間にはそのヒビは珠全体に広がり、殆ど音も立てずにボロリと崩れ去ってしまった。

「なっ……! 壊れちまったぞ!?
「……ひょっとしたら、あちら側で何か変化があったのかもしれません」
「変化って何だよ」
「そこまでは……。とにかく、あの洞窟に向かいましょう」
こちらと洞窟を繋ぐと思われる珠がなくなってしまった以上、おそらくここにいても無意味だろう。
三蔵達の方で何があったにせよ、一度あの洞窟に戻って様子を見た方がいい。
そう判断した八戒は、すぐに悟浄と共にジープに乗って森へと急いだ。






森に到着し、すっかり夜の闇に包まれてしまった森の中を例の洞窟へと急ぐ。
ジープでは入れない道を懐中電灯で照らしながら洞窟に向けて走っていると、前方から声が聞こえた。
一瞬身構えた八戒達だったが、その声の正体が分かると安心したように戦闘体勢を解いた。

「三蔵! 悟空!」
八戒が声をかけると三蔵達の方もこちらに気付いたのか、悟空の元気な声が返ってきた。
「あ! 八戒、悟浄!」
八戒達の姿を見付け、駆け寄ってくる悟空の後ろを三蔵がゆっくり歩いてくる。

ようやく合流出来た事に安堵しながら、4人は一旦近くの川べりで腰を下ろした。
何しろ、三蔵が失踪してからずっと神経を張り詰めっぱなしだったのだ。
更には、今はもう既に真夜中である。
気が緩んで睡魔が襲ってきてしまうのもやむを得ない事だろう。

「……それじゃ、とりあえずもう危険はないと見ていいんですか?」
洞窟の妖怪を倒したという話を聞いて、八戒は三蔵に確認するように尋ねる。
「ああ。今回の件に関してはな。牛魔王サイドの刺客は来るかもしれんが」
「そうですか……。それなら、詳しい話は明日にするとして、今日はここで休みますか?」
八戒のその意見に他の3人も同意し、ひとまず4人は簡単な野宿の準備をして身体を休めた。






翌朝、ジープで湿原を慎重に移動しながら、4人は昨日の事について話をしていた。
三蔵サイドで知った事、八戒サイドで分かった事実などを互いに話す。
そんな中、八戒が1つの疑問を口にした。
「……男性は……どうなったんでしょうか?」
「え? どういう事?」
悟空が訊き返すと、八戒は視線は前方に向けたまま、声だけを悟空に返す。
「例のお坊さん達は、村の1つに目をつけて、そこの女性達をあの村に移住させたわけですよね」
「うん、そう言ってた」
「それなら……その村の男性達は何処に行ってしまったんでしょう?」
「あ……そう、だよな」
起こった事が多すぎてそこまで考えていられなかったのだろう、悟空は今初めて気がついたように呟いた。
八戒としては、あの日記を読んだ時から釈然としなかったのだ。
『妖怪退治』とやらの協力に駆り出された女性達が、いつまで経っても帰ってこない。
そんな状況なら、普通はまず坊主達にどういう事か説明を求めるだろう。
それで納得がいく答えが得られなければ、いや、例えその場は納得できる答えを返されたとしてもそれが何ヶ月も続けば、彼らとて怪しむだろう。
そして、女性達が移住した村に彼女達の無事を確かめに行くに違いない。
だが、それは坊主達にとっては非常に都合の悪い事であるはずだ。
だとすれば、考えられる可能性は……。

「まさか……男の人達まで喰わせて……」
その八戒の言葉に、三蔵が即座に否定の言葉を返した。
「いや、それはないな。あの妖怪の話を聞いた限りじゃ、生贄が止まって以降、あの洞窟に入った人間は俺だけだ」
「その生贄だけどよ、後から男も村に加えたってこたあねえの?」
「後から加える必要が何処にある。それなら最初から一緒に閉じ込めてりゃ済む話だ」
「そうですよねぇ。それに、あの村には男性がいた形跡が全くありませんでしたし……」
「でもさ、それならその人達どうしちゃったんだろ」
「さぁな、そこまでは分からん。大体、今それが分かったところで何になる」
もし彼らの消息が推測できたところで、三蔵達にとっては意味がない。

とりあえず、巻き込まれた厄介事からは何とか解放されたのだ。
後の事は、自分達には関わりのない事だ。
そこまでの追求をする意味も必要もない。
「そりゃそうなんだけど……なんかスッキリしないよな……」
釈然としないという風に、悟空はシートに背中を預ける。
「スッキリしようがしなかろうが、これ以上余計な面倒事はごめんだ」
「まあ、確かに僕らが気にしてもどうしようもない事ではあるんですけどね」
「なら、いちいち気にするな。そんな暇があったら、少しでも先に進んだ方がいい」
ただでさえ遅れがちな旅なのだから、余計な事に構っている暇などない。
そう三蔵が言い切った事で、自然とこの話は終わった形になった。






日が傾き始めた頃、ジープの前方に街が見えてきた。
「あー! 街だ! やっとマトモなところで休めるー!」
真っ先に街を見つけた悟空が、立ち上がって前方の街を指差す。
「昨日が昨日だっただけに、天国に見えるぜ。なあ?」
「あはは、本当に。今日こそはベッドで眠れるといいですよね」
その会話を交わす声も、一様に嬉しそうだ。
八戒はアクセルを踏み込み、街へと更にスピードを上げた。



宿も思いの外あっさりと見つかり、チェックインを済ます。
すると、その宿の主人が三蔵を見て声をかけてきた。
「貴方様はもしかして、三蔵法師様でいらっしゃいますか?」
「……そうだが」
説法だの何だのと面倒な事を頼まれるのではないかと、表面にはさほど出さないものの嫌そうに三蔵は答える。
「ああ、やはり! でしたら、この街の北にある寺院の方へおいでになってはいかがでしょう」
その言葉に案の定かと思った三蔵は、1つため息をついた。
「いや、先を急ぐ旅だ。明朝には出発しなければならないんでな」
「そうですか……。この街の寺院には、凶悪な妖怪を退治した素晴らしいお坊様がたがいらっしゃるので、是非にと思ったのですが……」
そのセリフに、4人は反応を示した。
悟空が何か言おうとしたのを制して、三蔵は宿の主人に視線を向ける。
「……凶悪な妖怪を退治した?」
三蔵の気をひけた事が嬉しかったのか、宿の主人は自慢げに話し出した。
「ええ。かつてこの辺りでたくさんの人間を襲っていた恐ろしい妖怪を、たった2人で退治なさったとか。
 村1つ皆殺しにしたほどの妖怪と自らの命を賭けて戦った、とても高潔な方々だそうで……」
以後延々と続く話を聞きながら、4人はそれぞれ顔を見合わせた。





宿の部屋の一室に集まり、先程の話について八戒が問いかけた。
「……どう思います? さっきの話」
「偶然にしちゃあ、出来すぎじゃねえ?」
悟浄の意見に、異を唱えるものは誰もいなかった。
細部はともかく、事件そのものは似すぎている。
この状況で、別の凶悪な妖怪がいて別の2人の坊主がそれを退治した、というのは考えにくい。
ただ、三蔵達が知る事実と違うのは、『坊主達が命懸けで妖怪を退治した』というところだ。
その坊主達があの洞窟の結界を張った者達だとすると、どうやらこの街では坊主達は『恐ろしい妖怪からこの周辺の街や村を救った救世主』……らしい。
「ったくまー、図々しいっつーかなんつーか……」
「全く、恥知らずにも程がありますね」
口調こそ軽めにしてあるが、悟浄にしても八戒にしても、表情と声色には怒りが見え隠れしている。

大勢の女性達を妖怪に喰わせて結界に利用しておきながら、まるで自分達が命を危険に晒して妖怪を退治したかのように吹聴しているらしい坊主達。
「……ふん、だから援軍を呼ばなかったわけか」
要は、自分達だけの手柄にしたかったのだ。
それは、余りにも身勝手で汚い名誉欲。



「何だよ、そいつら! そんなの許せねえよ!」
そんな馬鹿げた、くだらない理由で、命を奪われてしまった女性達。
まだ幼い女の子の命までも捨て駒にして良心の呵責もないらしいその坊主達に対して、激しい怒りが悟空の中で湧き起こる。
神に仕える僧侶が聞いて呆れる、と他の3人も思う。

「……どうします?」
八戒が、三蔵の方を向きながら尋ねる。
「そいつらがどんなヤツらだろうが、俺達には関係ない」
「三蔵!」
三蔵のあっさりとした言い方に、悟空が抗議の声をあげる。
だが、悟空が続きの言葉を発する前に、三蔵の声が重なった。
「関係ないが、ここまで散々な目に遭わされた以上、元凶どもに挨拶はくれてやらんとな」
そう言いながら、三蔵は妖怪との戦闘で負傷した腕を見た。

それを聞いて表情を明るくした悟空は、大きな音を立てて椅子から立ち上がる。
「それじゃあ、早速行こうぜ!」
すっかり行く気満々の悟空の頭に、三蔵のハリセンがヒットした。
「張り切ってんじゃねえよ、誰が今すぐ行くと言った」
「何でだよ、まだ夕方だしいいじゃんか」
「うるせえ。行くのは明日だ。いいな」
そう言うと、三蔵は席を立ち、早々に部屋を出て行ってしまった。


「まあ、今日いきなり押しかけると警戒されてしまうかもしれませんしね」
三蔵が出て行った後、八戒がすぐさまフォローを入れる。
「そりゃあるかもな。ただでさえ、後ろ暗い事してんだし?」
椅子の背に凭れながらの悟浄の言葉に、八戒が皮肉っぽく苦笑する。
「後ろ暗い事をしているという自覚があれば、の話ですけどね」
もしもそういった自覚すらなかったとしたら、それこそ救いようがない。

「とにかく、彼らに会いに行くのは明日という事で、今日はいつも通り買い出しでもしてましょう」
悟空も急いでも仕方がないと納得したのか、頷いて悟浄と共に買い出しに向かった。







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2003年8月18日 UP




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